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贈与契約書の効力
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2005年5月2日 00時00分
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書面による贈与と書面によらない贈与
書面による贈与はその贈与契約の効力の発生の時、書面によらない贈与についてはその贈与の履行の時にその財産の贈与による取得の時期とされます。その理由について那覇地裁平成7年9月27日判決では次のように述べています。
「贈与税の課税価格の算定に当たっては、贈与による財産の取得時期がいつであるかが問題となるところ、相続税法には取得時期について、特段の定めがなく、相続税基本通達(以下「基本通達」という。)において、贈与による財産取得の時期については、原則として、書面によるものについてはその契約の効力の発生した時、書面によらないものについてはその履行の時とされている〔基本通達1・1の2共−7(2)〕(注1)。また、特例として、所有権等の移転の登記又は登録の目的となる財産について、右の取扱いにより贈与の時期を判定する場合において、その贈与の時期が明確でないときは、特に反証のない限りその登記又は登録があつた時に贈与があつたものとして取り扱うものとするとされている(基本通達1・1の2共−10)(注2)・・(中略)・・すなわち、書面によらない贈与は、その履行が終わるまでは各当事者においていつでもこれを取り消すことができ(民法550条)、受贈者の地位は履行の終わるまでは不確定なものといわざるを得ず、贈与税の納税義務の成立時期を意思表示の合致の時(同法549条)とすると、いつ贈与契約が取り消されるかも知れず、いまだ確実な担税力を備えているとはいえない法律関係について課税が強制される結果になるという不合理があ(る)」。
(注1)現行の通達では(1 の3・1の4共−8)に該当。
(注2)現行の通達では(1 の3・1の4共−11)に該当。
この事件では裁判所は土地の贈与の時期を平成2年の所有権移転登記時期ではなく昭和41年の本件土地の贈与に関する覚書に記載された効力発生日と判断しました。
仮装行為や租税回避行為の防止
しかし一方ではこの通達を逆手に取ったような仮装行為や租税回避行為に関しては裁判所は一貫してこれらを防いできました。つまり税務署は土地の移転について所有権移転登記によりこれを 捕捉しているのですが、贈与を約す公正証書を作成し、この公正証書に記載された贈与の効力発生時期から贈与税の課税権の除斥期間を経過するまで登記をせず贈与税または相続税を免れようとする行為が横行していたのです。昭和57年10月8日国税不服審判所の裁決では昭和48年に公正証書に記載した日に贈与を受けたものではなく、贈与者の死亡により死因贈与により取得したものとされました。また平成5年3月24日名古屋地裁の判決でも同様に公正証書の記載日の贈与を認めず死因贈与と判断しています。平成10年9月11日名古屋地裁判決(平成10年12月25日名古屋高裁判決と同事件・控訴人上告)では昭和60年の公正証書への記載日の贈与ではなく平成5年の所有権移転登記の日に贈与があったと認めています。
覚書に記載した日付を贈与日と認めた事例
上記の那覇地裁のものが書面による贈与の時期として認められたのは、この事件 に沖縄特有の事情があった為です。沖縄は昭和47年(1972)5月15日に日本の領土に復帰したのですが、裁判所に提出された証言によれば、「本土復帰前の沖縄においては、贈与税の制度はなく、贈与による財産の取得については、所得税の一時所得の適用を受けるところ、昭和42年に資産評価調査員規程が制定され、評価基準の作成作業が始まるまでは、不動産の評価基準はなく、不動産の一時所得についての課税実績がほとんどなかつたことが認められる」ということであり、また原告納税者側の説明でも「本土復帰前の沖縄においては、相続税法が制定されていなかつたので、相続や贈与による所得は、所得税法の適用を受け、一時所得として課税されることとなっていたが、昭和41年当時、土地等の贈与による課税実績はほとんどなかった」との背景が説明されており「所有権移転登記手続をとらなかったことについて、原告に租税回避の違法、不当な意図、目的はなかった」との主張が認められたものです。
公正証書に記載した日付が贈与日と認められなかった事例
一方昭和57年裁決の事件では公正証書により贈与したとされる賃貸物件から受ける収益を贈与者として記載した者の所得として申告納税しており、もちろん固定資産税も同人の負担によるものとされているなど、公正証書に記載された内容が虚偽であることが明白な内容でした。平成5年名古屋地裁判決の事件では所有権移転登記した不動産としなかった不動産があり、しなかった不動産に関しては公正証書が作成されていました。この原告納税者が公正証書による贈与とした不動産について、受贈者とした者はここに居住し固定資産税や火災保険料、建物の修繕費や管理を支払っていたのですが、それでも裁判所は租税を回避する意図を認めたものです。平成10年名古屋地裁判決には注目すべき記述があります。「東京のある会場で行われた税務問題のセミナーで、公認会計士から、「不動産の売買や贈与については、取引を完結した後で、登記をしないでおいて、ある程度の年数がすぎると不動産取得税や贈与税がかけられなくなる。そのためには、売買や贈与による者の引渡を済ませ、そのことを公正証書にしておけばよい 。」という説明を聞いたことがあり、本件不動産の贈与税を「節税」しようと考えた」という背景があえて判決文に記載されています。税務行政に対するこの挑戦的なセミナーへの警告の意味もあったのではないでしょうか。この判決で公正証書を作る意義について次のように述べています。「不動産の贈与の場合、所有権移転登記を経由するのが所有権を確保するためのもっとも確実な手段であるが、贈与が行われたにもかかわらず何らかの事情により登記を得られないときや、登記のみでは明らかにできない契約内容等が存在するときに、あえて公正証書を作成する意義があるものと解される」。また平成5年名古屋地裁判決では親族間で公正証書を作ること自体、その意図が疑わしいのではないかとも言っています。「一般的に公正証書を作成する利点は、強い証拠力と執行力を得ることであるが、親族間の贈与は一般に利害の対立が存在しないので、わざわざ公正証書を作成する必要はないはずであるから、特段の事情のない限り、納税義務者が租税を免れ又は軽減するために、事実に反する公正証書を作成したものと推定すべきである」。
コメント
これらの裁判例、裁決例を読むと、不動産の贈与に関して贈与税や相続税の課税漏れが生じた場合、国の所属が変わったぐらい大きな理由の無い限り、登記の時期を取得時期と認めて課税すると考えてよいようです。もちろん日本の民法では所有権移転登記が無くとも贈与契約により贈与は成立し、その取得した不動産を使用、収益、処分(制限はあるものの)することが出来ます。平成5年名古屋地裁判決では登記を移転しなかったものの実質的にその不動産を支配・管理していたようにも思えます。しかし、こっそりと贈与しておいて贈与税の課税権の除斥期間が経過した後に登記することが出来るとなれば、税務署は不動産の移転を補足するために別の方法を考えねばなりません。例えば年内の贈与は税務署に届け出なければならない制度を作り、この届出の無い場合、課税権は消滅しないというような法律の改正をしなければならなくなります。民法との整合性を考えるのならこのような手段も必要かもしれませんが、いずれにしろ誰にとっても非常に煩雑になり、実行は困難なようです。裁判所の 、贈与による不動産の移転時期は原則として所有権移転登記の時期であり、公正証書は例外的に作られるという説明は少々政策論的ですが、結論は妥当だと言わざるを得ません。実務的には課税のタイミングは不動産の支配・管理が客観的になった時点と考えるほか無いようなので、うまい話には注意が必要です。
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